なぜ「百」を"もも"と読むのか

ふとしたきっかけで、「九十九(つくも)」は「次百(つぐもも)」が転訛した言葉だということを知りました。

個人的には次百という表現こそ初見でしたが、次が百=九十九ということですね。

…では、「百」を"もも"と読むのはなぜなのでしょうか。今回はそんな記事です。

 

 

語源・由来を辿る際には、いつも語源由来辞典から始めます。

モモ・桃(もも) - 語源由来辞典

モモの語源には、「真実(まみ)」が転じたとする説。
実が赤いところから「燃実(もえみ)」の意味。
実が多く成ることから「百(もも)」、もしくは「実々(みみ)」が転じたとする説。
毛が生えていることから「毛々(もも)」の意味など十数種の説がある。
古くからモモは、民話『桃太郎』で子供が生まれたり、日本神話で悪魔払いに用いられるなど、花や木よりも果実に重点が置かれており、実に意味があると考えられるため、「モ」は「実」の転であろう。
沢山成ることから「実」を強調した「実々(みみ)」を軸に、「百(もも)」にも通じる語と思われる。

諸説あるようですが、この場合は「百」を"もも"とした上で「桃(もも)」となったということのようです。

 

 

ピンポイントでの質問もありました。

何故「百」を「もも」と読むのですか? - Yahoo!知恵袋

一説ですが・・・
 中国では、もも(桃)の木を仙木として崇敬しています。 仙人のいる場所を「桃源郷」と言いますよね。
 日本にもこれが伝わり、神話では邪気よけに桃の実を投げたり、桃の節句の由来、桃太郎の名としても使われています。
 もも(桃)が「邪気を圧伏し、百鬼を制する」ところから、 桃=もも=百 と結びついていったようですよ。

そういえば、桃源郷といえば桃ですね。封神演義でも桃はなんかすごい果実だったような気がします。

これは面白い一説ですが、先ほどの語源由来辞典とは真逆の解になりますね。はてさて。

 

 

少しずれますが、このような質問もありました。

百合 ゆり のように「百」を使った特別な読みをする熟語を教えてください。 ... - Yahoo!知恵袋

「百」を「もも」と読むのは、「和語系数詞」だからにすぎない。
「一(ひとつ)」「二(ふたつ)」・・・「百(ももつ)」という具合である。

注意してほしいのは、この知恵袋の別の同じ質問に対する回答に
中国の「桃(もも)」が「百鬼を払う」ところから{百=桃(もも)」となったとの回答が選ばれていたが、
これは、違います。まったく、逆です。
「もも」の語源は実がたくさんなることから百(もも)から来ていると言います。
つまり、「百」を「もも」と和語では呼ぶところから「桃」を「もも」と呼ぶようになったのです。

まさに先ほどの回答の否定でした。

そして、「和語系数詞」というキーワードが登場しています。

確かに、数字の数え方として「いち、に、さん…」と「ひとつ、ふたつ、みっつ…」があります。百までいくと、「ひゃく」と「ももつ」とのこと。

 

 

この「和語系数詞」というのを調べてみると、以下の記事が見つかりました。

和語系数詞 - 授業がんばりMATH - Yahoo!ブログ

 「いち・に・さん・し…」と呼ぶ「漢語系数詞」と「ひとつ・ふたつ・みっつ・よっつ…」と呼ぶ「和語系数詞」に分かれています。しかも日常生活ではこの2つを明確に区別しておらず混在しているのが現実です。
 先の「17」の場合「じゅう」は漢語ですが,「なな」は和語なので2つが組み合わさった変な造語,ということになります。ですから正しくは漢語を使った「じゅうしち」なのですが,では和語で言えば何と読むのでしょうか。
 十は「とお」,七は「なな」ですのでその2つの間に「余り」を入れて「とおあまりななつ」が正解なのです。これが和語の読み方で19まではこのパターン です。その後「20ははたち」「30はみそじ」「40はよそじ」…となっていきます。さらに「100は百と書いてもも」と読みます。もっと上にいくと「千はち」「万はよろず」などと進みます。

先の例でいくと、前者の「いち、に、さん」は漢語系数詞、「ひとつ、ふたつ、みっつ」は和語系数詞ということになるそうです。漢語というのは古代中国から伝わった言語体系ですね。

以前、各言語での数字の数え方をまとめてみましたが、よりにもよって日本語での数え方が不完全だったようです。

沢城みゆきさんは養成所時代に「数字を数えてみろ」と言われて、「いち、に、さん、よん、ご、ろく、なな、はち、きゅう、じゅう」と言ったら「いち、に、さん、、ご、ろく、しち、はち、、じゅう」だろうと怒られたそうです*1。そうこなかにゃー!

 

 

和語系数詞という考え方をふまえて調べてみると、次の質問がありました。

「百」という文字で - Yahoo!知恵袋

古い日本語では、11以上のヤマトコトバも使われていました。

11…トヲ アマリ ヒトツ
12…トヲ アマリ フタツ
(中略)
20…ハタ
30…ミソ

等という数え方が存在していたのです。

100…モモ

も、こうした「10よりも大きな数」を表現する様々なヤマトコトバのひとつでした。

しかしながら、例えば、「21」に対する漢語の数え方「ニジュウイチ」と、ヤマトコトバの数え方「ハタ・アマリ・ヒトツ」を比較すると、どう見ても漢字の音読みによる数の数え方が合理的で、ヤマトコトバの数え方は非常に面倒くさいです。そんなわけで、ヤマトコトバの数は、1~10を残すのみとなり、それ以外は廃れてしまったんですね。

このようにして、ヤマトコトバの大きな数は、現代では数詞としての意味合いを失い、

「二十歳(はたち)」
「二十日(はつか)」
晦日(みそか…本来は『30日』の意味)」

等、いくつかの決まり文句に、化石的に残るだけということになってしまったのです。

ご質問の「百瀬(ももせ)」、その他には「百重(ももえ)」

なども、こうした、「化石的に残ったヤマトコトバの数詞」を含む表現というわけです。

※他にも、もっと大きな数として、

800…ヤオ
1000…チ

というものもありました。これらも独立した数詞としては用いられなくなりましたが、「八百屋(やおや)」「千代(ちよ)」等の単語に、その痕跡をとどめています。

少し詳細な和語系数詞が載っていました。

「二十歳(はたち)」「八百屋(やおや)」「千代(ちよ)」など、少し特殊な読み方は確かに残っていますね。千代に関しては、「千」という漢字そのものがカタカナの「チ」に似ているのですんなり受け入れられるかもしれませんが。

「八百万(やおよろず)」なんかは、"やお"+"よろず"という和語系数詞の組み合わせかもしれません。

 

 

最後に、こちらのサイトに辿りつきました。

とくしま消費者交流ひろば

 大和言葉での数え方が、中国との交流の中で文字が入り、すでにあった数え方に対応し、
一、二,三、四、五、六、七、八、九、十、百、千、万
壹、弐、参、肆、伍、陸、漆、捌、玖、拾、佰、仟、萬
ひ、ふ、み、よ、い、む、な、や、こ、と、も、ち、ろ
ところが、数字には数える機能と計算の機能があり、数字の読み方に漢語が加わり、
 いち、にー、さん、しー、ごー、ろく、しち、はち、くー、じゅう
と読まれるようにもなる。併用されて戦後まで続くが、ひーふー・・との数え方が減ったのは、数える場面より計算が多くなったからだろう。
 蛇足、4や9が忌み嫌われるが、本来は「よ」や「こ」で「し」や「く」は後から、中国から文字が輸入されてからで、少し遅れてから生まれたことなのだ。

確かに、「ひ、ふ、み…」という数え方も最近では聞かなくなりました。もっとも、昔に遡ってもほとんど聞かなかったかもしれません。知識としてのみ残っています。

ここで、百=も、千=ち、万=ろ、という数え方が登場しています。つまり、百が"も(もも)"と読むのは自然なことで、あとから"ひゃく"という読み方が足された形になるのかもしれません。

記事のタイトルに「数(学)の文化 ~和の数え方が消えていく寂しさ~」と銘打たれているのが物悲しいですね。

 

古い日本語での数の数え方の詳細は以下が参考になりそうです。

古代日本語の数体系

 

 

 

ということで。

Q:なぜ「百」を"もも"と読むのか

A:最初からそう読むのが自然だった

*1:らじゆう ラジオ勇者の第3回くらい